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OFWGKTAの解体とその後に待ち受ける未来

タイラー・ザ・クリエイター率いるアーティスト集団「OFWGKTA」。既存の価値観や様式を破壊し、2010年代前半を飛ぶ鳥を落とす勢いで成長して行った彼らは、成功を収めると同時にクルーの解体を始める。しかし彼らは解体してなお個々人のメンバーが成長を続けることで、クルー(=集団)としての概念すら破壊していった。OFWGKTAの解体の意味とは、そしてその後に我々が待ち受ける未来とは。

目次

illustration by エノシマナオミ

OFWGKTAの成功と解体

普通、雷が同じ場所に二度落ちることはないが、OFWGKTAには二度雷が落ちた。思春期の生意気な若者の集団として彼らは一度目を落とし、次に、ニュースクールをリードする成熟したアーティストとして二度目の雷を落とした。

「How Odd future Changed Everything」pitchfork より抜粋、拙訳

OFWGKTAはTyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)をリーダーに、Frank Ocean(フランク・オーシャン)やSyd the kid(シド・ザ・キッド)など、様々なラッパー、スケーター、シンガー、プロデューサー、映像クリエイターを擁したクリエイター集団である。

2008年に本格始動した彼らは、「目に見える全てをファックする」という感情の勢いと過激な言動で若者を虜にし、Soundcloudやinstagramのない時代に、Tumblrによる無料音源配信と日常の露出で全く新しいアーティスト像を開拓した。2010年代前半を飛ぶ鳥を落とす勢いで駆け抜けた彼らは、世界中で知らない人はいないクリエイター集団としてその名を轟かせることになった。

これが、OFWGKTAの起こした1度目の落雷である。彼らの1回目の落雷とその快進撃については、以前の記事で余すことなく紹介したつもりなので参照して欲しい。

しかしOFWGKTAが大きくなればなるほど、世界に受け入れられるようになるほど、彼らは同時に分離しクルーを解体していくことになる。

そして同時に、クルーの解体が彼らの衰退を意味しないことが彼らのおもしろい点である。彼らは分離と共に成長していった。OFWGKTA帝国の解体は、それぞれ独立した国家の誕生と発展へとつながる。彼らが起こした2回目の落雷に突撃する。

OFWGKTAの正体

OFWGKTAはただのhiphopクルーではなく、様々なクリエイターたちによる雑多な集団であった。そして、OFWGKTAはその雑多さ故に彼らは組織の中に多くの矛盾を内包していた。そしてその矛盾こそが、OFWGKTAの解体と独立後の彼らの成長を解き明かす鍵となる。彼らが抱えていた矛盾を、OFWGKTAの3人の人物から解き明かす。

謎に包まれるフランク・オーシャン

上の動画はOFWGKTAのメンバーたちが大集合し、マイクリレーを披露していく動画である。ほとんどのメンバーが、パーカーやTシャツにキャップというラッパー然としたスタイルでラップを披露する中、一人Yシャツを着てドリンクを飲みながら大人しそうにしている、言ってしまえば明らかに浮いているのが、フランク・オーシャンその人である。

OFWGKTAのメンバーの中で初めてグラミー賞を受賞し、それ以降もタイラーと肩を並べる、もしくはそれ以上の出世株となったフランク・オーシャン。しかし彼と彼の作品は静かで内省的であり、ド派手で攻撃的なOFWGKTAのイメージとは相容れない。

そもそもフランク・オーシャンは出自から他のメンバーとは全く異なる。

20歳か21歳の時、私はプロデュースと作曲によって数百万ドルを手にし、素敵な車とビバリーヒルズの家があった。ーしかし、私は惨めだった。

「Frank Ocean: On Channel Orange, Meeting Odd Future, and His Tumblr Letter」GQ より抜粋、拙訳

他のメンバーがOFWGKTAというクルーとして名乗りをあげ商業的成功を収めていったのに対し、元々ソングライターとして個人で活動していたフランクは、ジャスティン・ビーバーやブランディといったアーティストに曲を提供することで商業的には成功していた。のにもかかわらず、後からOFWGKTAに加入することになる。

さらに同性愛嫌悪や女性嫌悪の過激な発言で有名だったOFWGKTA。その一員となったフランク自身は同性愛者であった。OFWGKTAの悪名が世界に轟いた2012年、彼はOFWGKTAのTumblrで自身が同性愛者であることを告白する。おそらくあなたも思っているだろうが、彼が何を考えているのかが全く分からない。どうして彼はOFWGKTAに所属していたのか。

OFWGKTAには同じ気持ちを持った人たちが集まっていて、彼らの不敬さを私は尊敬したんだ。OFWGKTAのDIY精神は私に伝染した。

「Frank Ocean: On Channel Orange, Meeting Odd Future, and His Tumblr Letter」GQ より抜粋、拙訳

フランクがOFWGKTAに共鳴したのは、彼らのメンタル=感情だった。目に見えるもの全てを拒絶し、あらゆるラベリング拒否し、独自の道を作ることへの欲求。これこそがフランクとOFWGKTAの共有している部分であった。元々、マッチョで女をはべらし高い車を乗り回すことが美徳とされていたのは、hiphopもフランクが主戦場にするR&Bも同じだった。そして彼らは共にそうしたイメージからはかけ離れており、既存の枠組みでカテゴライズされることを拒み続けた。

従来のラベリングを拒否し、独自の道を作るという点で、同性愛嫌悪の歌詞を吐いて見る人を困らせるOFWGKTAと、同性愛者を告白するフランク・オーシャンという一見正反対に見えるものはつながっていたのだ。

そしてOFWGKTAの活動が世界中へと拡大していく中で、彼は前線からひっそりと身を引いていくことになる。彼は自身がOFWGKTAにいる動機について次のように語っている。

我々は互いに挑戦している。才能のある者たちの中にいる時は、自己満足の余地がなくなる。私の動機は、出来る限りその生産的な環境に貢献することだ。

「Frank Ocean talks ‘Nostalgia, Ultra’ and Odd Future in unearthed interview」NME より抜粋、拙訳

OFWGKTAは集合することで、世界を変える突破口をみつけだした。彼らの精神は世界へと広がっていった。フランク・オーシャンはその環境に貢献を終えたと言わんばかりに、いち早くクルーの活動から離れていった。個人で活動し始めたそれ以降も彼は名曲を生み出し続け2016年には伝説と語り継がれるアルバム『Blonde』をリリース、また同性愛者としての従来のラベリングとイメージを壊し続けている。

メンバー内唯一の女性、シド・ザ・キッド

OFWGKTAメンバーの中で唯一の女性がシド・ザ・キッドである。OFWGKTAの初期の創作の拠点はシドの家にあるスタジオであり、DJや楽曲の調整を担当していた彼女はクルーの活躍を創世記から支えてきた。

そして彼女も同性愛者であった。前述の通り、OFWGKTAは同性愛嫌悪で有名なグループだったが、彼女はフランク・オーシャンとは異なり活動の初めから自身が同性愛者であることを公言していた。口(ラップ)では同性愛嫌悪の暴言を吐きまくるタイラーたちは、実際には同性愛者である彼女を受け入れていたのだ。彼女の存在はOFWGKTAをより一層不明瞭な存在へと押し上げていた。

彼女の周りのゲイコミュニティはOFWGKTAの存在を嫌っていたという。それでも彼女がOFWGKTAにいることを選んだのは、彼らと共有しているものがあったからだ。シドは特にタイラーの疎外感、孤立感に共感しており「典型的な黒人の子供でも、みんなから人気な黒人の子供でもない」部分でつながっていた。

しかし彼女は、OFWGKTAの拡大と共に膨らむ彼らの同性愛嫌悪のイメージと、自身の存在との乖離に疲れクルーから距離を置くようになる。彼女もまた、同じくOFWGKTAのメンバーであるMatt Martians(マット・マーシャンズ)らと組んでいたバンド「The Internet(ジ・インターネット)」を主軸に据えOFWGKTAから離れていく。OFWGKTAでは裏方だったシドはThe Internetのメインシンガーとして、新しいR&B、ブラック・ミュージックの可能性、そして新しい女性像の形を切り開いていった。

タイラーの歌詞の本当の意味

同性愛嫌悪の言動で世界中の同性愛者や有識者から激怒されるOFWGKTAは、実際には同性愛者の活動家たちを内包していた。「あらゆるラベリングからの拒絶」とそれに伴う「孤独感」が対極に存在する2つの要素の同居を可能にしていた。

しかし、OFWGKTAの過激なイメージだけが一人歩きしてしまい、彼らが同時に内包する複雑な感情を伝えることは出来なかった。過激な集団というイメージのみの流布とそれによる葛藤。それはクルーのリーダーであるタイラーにとっても例外ではなかった。

同性愛嫌悪や女性嫌悪にまつわる過激な歌詞が、ジョークやメタファーに過ぎないことをタイラーは常々強調していた。タイラーの目的は「古い白人を怒らせること」であり、あらゆるものへの拒絶を表現することだった。

しかしタイラー自身とOFWGKTAの拡大と共に、タイラーが伝えたいメッセージも変化していく。彼は拒絶することを終えて彼のイメージした世界の実現に着手し始める。しかしそれは、OFWGKTAのイメージが持つ過激な破壊衝動とは異なるものであった。

グループをまとめたタイラーでさえ、OFWGKTAのイメージが表すものにうんざりし始めた。彼が成熟して人生をポジティブに捉えることの必要性を訴えた時に、タイラーのファンの多くはそんなことを絶対に口にしない2011年の頃の悲しく惨めなタイラーのままでいて欲しいと願った。

タイラーは、どうしてファンが自分がうつ病に打ち勝ったことを喜んでくれないのか。今の自分にとっては真実ではないのに、どうしてファンは暗い内容について書き続けることを求めるのか疑問を持っていた。

「How Did Frank Ocean Tolerate Odd Future’s Homophobia?」Mediumより抜粋、拙訳

何にも囚われないことが存在意義だったOFWGKTAは、気づけば「OFWGKTA」という檻に閉じ込めらるようになっていた。

ただ、タイラーは時間をかけてこの問題の解決に取り組んでいった。アルバムごとに彼の考えを説明をし続け、彼の感情を曲にし、彼の思い描く世界を発信し続けた。2015年のアルバム『Cherry Bomb』から2017年の『Flower Boy』。『Flower Boy』では彼は自身も同性愛の経験があったことを吐露し波紋を呼んだ。彼はずっと自身のイメージの更新を諦めず、ジョークまみれの狂乱から正直で愚直な、実体を持った彼の存在を表現し続けた。そして2019年に発表されたアルバム『IGOR』でついに全米ビルボード1位とグラミー賞を受賞することになる。彼の葛藤が長い時間をかけて行き着いた、一つの到達点であろう。

OFWGKTAという感情の共同体

OFWGKTAというクルーはその正体に迫れば迫るほど実体が掴めなくなる。言えることがあるとすれば、彼らは「感情の共同体」であったということだ。何にも囚われないことが、彼らを彼らたらしめ、OFWGKTAと言う定義が生まれた瞬間に彼らはそれを拒み、クルーは解体していった。

タイラーの弟でありOFWGKTAの末っ子、グループ離脱以降ラッパーとして大成するアール・スウェットシャツは以下のように話す。

OFWGKTAは10代の頃の少年クラブだよ。OFは有名になったけど、僕はそれに定義されたくない。

「Earl Sweatshirt Says He Doesn’t Want To Be “Defined” By Odd Future」hnhh より抜粋、拙訳

そして彼らはOFWGKTAを離れることで、各々のイメージを更新していき、彼らがイメージする世界を作り上げていった。OFWGKTAは解散したと言われているが、それは厳密には正しくない。なぜなら彼らがしていることはOFWGKTAの時から常に変わってはいないから。

 Everyone’s on their own island.

みんなが自分の島にいるだけだよ。

「Cover Story: Tyler, The Creator」FADERより抜粋、拙訳

タイラーはそう語った。OFWGKTAのメンバーであるMike Gは次のように話す。

“We’re not necessarily growing apart, but you grow up and you grow into yourself… We don’t have the same hobbies, but it’s still a family.”

僕らは必ずしもバラバラになったって訳ではないけど、君だって成長するしそれはひとりでに起きるものだろ?…僕たちは共通の趣味は持っていないけど、それでも家族だよ。

「The triumph of Odd Future’s Tumblr」Dazed より抜粋、拙訳

OFWGKTAは「目に見える全てをファックし、独自の道を見つける」ための一瞬の結束であった。趣味も、出自もまるで違う面々が感情だけで形を成していた。元々が諸刃の剣であり、諸刃の剣としての役割を十二分に果たした。OFWGKTAという感情の塊は重い扉をこじ開け、自分の道を見つけた彼らは思い描いた世界の実現へと、それぞれが着手し始めた。

OFWGKTAの解散が騒がれた2015年頃から2020年にかけて、彼らは別々の道を歩みながら、しかし確実に思い描いた世界を具現化していった。OFWGKTAという存在はなくなってしまったかもしれないが、彼らが家族であり、根っこでつながっているはずだという憶測に否定の余地はない。

我々はどこへ行くのか

OFWGKTAは集団で世界を燃やして更地にした。その後、それぞれが独立し更地に城や畑を作っていった。私たちはその城や畑を使って生活している。我々は彼らが実現したイメージの先を生きている。

それはOFWGKTAという集団が解体したあとの「個人の時代」かもしれないし、OFWGKTAのメンバーたちが独立後に具現化させていった「多様性の時代」かもしれない。ただ、そうしたラベリング自体が無意味なことを我々は最も彼らから学んだはずだ。

“Culture,” Tyler, the Creator says, “I fucking hate that word, culture.”

タイラーは言う。「俺は、カルチャーという言葉が大嫌いなんだ」

「The Strange But True Story of How the Hip-Hop Collective Odd Future Hit the Big Time」los angels magazine より抜粋、拙訳

そして同時に、OFWGKTAのメンバーがそうしていたように、説明することと時間をかけることを忘れてはいけない。OFWGKTA以降の未来に、我々が待ち受ける未来は。

「ヘイ、お前はお前のやることをやってて、お前から質問を聞かれない限りオレからは何も言うことはない。自分のやることをやれ」だな笑

「タイラー・ザ・クリエイター独占インタビュー」POPEYE 2019年11月号 より

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