スケートボードの固定概念をぶち壊す表現者・FESN森田貴宏
「オーリーさえなくなれば、スケートボードはもっと無限に広がる」と語り、スケートボードの新しい可能性を模索し続ける鬼才・森田貴宏。フィルマー、スケーター、スケートショップの運営者と様々な顔を併せ持ち、それぞれの活動で固定概念を覆し続ける彼のおもしろさに迫る。
目次
森田貴宏が壊すスケボーの当たり前
森田貴宏はビデオプロダクション”FESN“(Far East Skateboard Network)を運営するスケートボードフィルマーだ。FESNは難易度の高いトリックの連続で構成される従来のスケートビデオを嘲笑うかのように、「スケートボードに乗って、滑る」ことに焦点を当てた作品を作り続けている。
また、フィルマーとしてだけでなく自身もスケーターとして活躍しており、スケーターとしてはストリートスケートを愛しながらも、ストリートスケートの基礎であるオーリーを「しない」という常識外れなスタイルを貫く。そんなスケートボード界の常識に一石を投じ続ける森田貴宏だが、その活動の根底には常に「スケートボードをもっと自由に、もっと楽しく」という哲学がある。そんな森田貴宏の表現する世界を覗いてみよう。
FESNで表現する独自の世界観
森田貴宏が主催するビデオプロダクションがFESNだ。FESNのビデオは「スケートビデオ」という枠組みを超え、スケーターはもちろんスケートボードをあまり知らない人でも楽しめる映像作品という色合いも持っている。
その最たる例がINTERNATIONAL SKATEBOARD FILM FESTIVAL Los Angelsで準グランプリを獲得した『MISSING OUR BROTHER (THE LAST EPISODE OF A SERIES)』だろう。
映像内に出てくる「THE SKATERS WALTS」の言葉の通り、映像内では軽快なワルツをBGMに森田貴宏がダンスしているようにスケートボードを駆る姿が映し出される。それだけでも普通のスケートボードビデオとは一線を画すのだが、後半ではそのダンスのような滑りに森田貴宏以外も大勢加わり、大勢でスケートをするワクワクがユーモラスに描かれている。
また、映像の最後には色々なスケートボードが地面を進む様子が映った後、スケートボードがメカのように変形して宇宙に消えていく。森田貴宏が語るスケートボードの無限の可能性が表現されているのだろう。
余談だが、この『MISSING OUR BROTHER (THE LAST EPISODE OF A SERIES)』には以前記事で紹介したKP TOKYOの高野太や、EVISENの南勝己らも出演している。スケートボード界隈が狭いのもあるとは思うが、やっぱおもしろい人の周りにはおもしろい人が集まるんだね。
実はこの『MISSING OUR BROTHER (THE LAST EPISODE OF A SERIES)』は、Magenta Skateboards初のフルレングスDVD『SOLEIL LEVANT』のプロモーションビデオとして作られた『MISSING OUR BROTHER』の続編という位置付けだ。以下の動画が前編となる『MISSING OUR BROTHER』。行方不明になった森田貴宏をみんなで探しにいき、そのついでに街中でストリートスケートを繰り広げるという構成になっている。スケートボードのトリックというより、「街中を仲間と滑る」ということに焦点を当てた異色の作品。
ここまでにFESNの風変わりな作品を2つ紹介したが、FESNはトリックの連続で構成されたいわゆる”スケートビデオっぽい”ビデオも作る。その例がFESNの傑作と名高い『overground broadcasting』だ。制作に8年を要した本作では森田貴宏が世界各地で撮影したローカルな映像をつなぎあわせた構成になっている。しかしやはりFESNの作品だけありそれだけでは終わらず、以下の映像の7分くらいからは服装、板、ウィール、障害物の色が赤、青、黄色、緑、紫、オレンジ、白などカラフルなもので構成され、ビリヤード台を連想させるという芸術味のある演出がある。
スケートボードのうまさだけでなく、発想の転換や映像表現のおもしろさで魅せることで、森田貴宏はスケートボードの無限の可能性を表現し続ける。
「オーリーはいらない」という哲学
映像製作者としての森田貴宏の新しさはすでに紹介した通りだが、彼はスケーターとしても独自の哲学を持っている。それは「オーリーいらない」というものだ。
オーリーはできなくちゃいけない。ていう人がもしいるんだったら、俺はまったく正反対のことを言ってあげたい。オーリーなんてしなくていいって。それよりも、乗ってくれりゃいい。もしくは、乗らなくても、持ってるだけでもいい。究極言うとね。スケートボードのフォルムを見て、「あーかっこいいな」とか、おもちゃとして見るだけでもいいよって。それを好きだと思ってくれれば。
ろびんトよし『インタビュー | プロスケーター 森田貴宏』より
オーリーはストリートスケートの基礎となる技であり、オーリーがなかったら縁石にも乗れないし、カーブトリックもできないし、ましてや他のフラットトリックだってできない。しかし、森田貴宏は彼の言葉通りほとんどオーリーすることなくストリートスケートを堪能している。オーリーがなくたって、プッシュして、パワースライドして、マニュアルして…できることってたくさんあるじゃない、そんな彼のメッセージが伝わってくる。
森田貴宏がオーリーをしないという選択をした背景には、彼のスケートボードへの大きな愛と、愛ゆえの可能性の追求にある。オーリーをするから短期間で板にヒビが入る。オーリーがすべての基礎にあるから、スケートボードに乗ること自体の楽しさがないがしろにされる。そうした想いから生まれた結論が「オーリーをしない」という選択だ。
「オーリーをしない」選択をしたといっても、彼はオーリーが下手だったわけじゃない。VHS MAGの森田貴宏をフィーチャーした動画の中で、彼はオーリー、180ノーズバンプ、ウォーリー180などを駆使したイカした滑りを見せている。そんな彼が、スケートボードへの愛ゆえにオーリーを捨てたというのはとても興味深い。
オーリーさえなくなれば、スケートボードはもっと無限に広がるっていうのが、自分のアイデアで、始めたのがうちのクルーザー。
ろびんトよし『インタビュー | プロスケーター 森田貴宏』より
そんな彼は東京・中野でFESN laboratoryというクルーザー専門店を経営していて、乗り方だけでなくスケートボードという物そのものに新しいエッセンスを加えている。テールに火打石を埋め込み、テールでブレーキをかけたら火花が飛び散るスケボーなどを趣味で製作しているのがいい例だ。下記の映像の7:24辺りで見ることができる。スケートボードから火花が出ている様子はまるで漫画の世界のよう。
類は友を呼ぶ、彼の周りの個性派
類は友を呼ぶというように、おもしろい人の周りにはおもしろい人たちが集まる。スケートボードへの愛ゆえに挑戦を続ける森田貴宏の周りにも、スケートボードに対して挑戦し続ける人たちが集まる。そんな森田貴宏周りのおもしろいスケボー事情を簡単に紹介しよう。
『overground broadcasting』と宮城 豪
森田貴宏の代表作、『overground broadcasting』でフルパートを持っているのが宮城 豪だ。通称ドラボンと呼ばれる彼は、普通紙やすりで作られているグリップテープの代わりに布を貼り、披露するトリックも普通とは変わった変態的なものばかり。彼が開発したスケートボードを足に挟んで振るトリック「ち○こ」は有名だ。
スケートボードの可能性を追求する森田貴宏がフルパートを持つスケーターとして宮城 豪を選んだというのは極めて自然なことなのかもしれない。おもしろい人の周りにはおもしろい人が集まる、ということを心底実感する。
宮城 豪の「ち○こ」などのエキセントリックなトリックの数々は、グリップテープが布で接触してもパンツが破れないことから実現されている。スケートボードに布を張っているというと訳がわからないと思う人も多いかもしれないが、横浜を代表するスケートショップFABRICの動画で布を貼る様子が確認できるので要チェック。
QUCON×FESN
2019年にビジネス街として有名な虎ノ門にスケートボード関連施設ができたことは話題を呼んだ。EVISEN Skateboardsの南勝己と同じくEVISENとTIGHTBOOTH PRODUCTIONの上野伸平がプロデュースするQUCONだ。屋内にはプロダクトの展示スペースとラウンジが併設され、屋外にはスケートパークがある。ビジネス街に突如として出現したビジネスとはかけ離れた空間にもFESNが噛んでいる。
QUCONが写真家・森山大道とコラボしたイベントのオープニングの様子を写したビデオがあるのだが、それを製作したのはFESNだ。全編モノクロで、イベントのシンボルである”唇”のみに赤色を差し込んだ映像は迫力満点。
おもしろい人の周りにはおもしろい人が集まる。そしておもしろいものが生まれる。スケートボード界隈は狭いからこういうことが起こりやすいのかもしれない。だから、スケートボード以外の分野に、むしろ分野なんて関係なく、そうした人たちが集まりやすい仕組みがあったらいいのにね。
世界は荒野 おもしろいに反応するdowsing machine
Danch Broadcasting『dowsing』より
持ってるヤツが集まる 港があればいずれ国になるかな
最後に
森田貴宏の魅力について書いたが、彼の独特な映像と滑りには誰よりも大きなスケートボードへの愛がある。そういった点で、森田貴宏はスケートボードに対して自分の思想を突き詰めた人物だと言えるだろう。そして、思想というのはそれが目に見える形になって初めて人を惹きつける。そして独自の思想を具現化するためにはオリジナルな行動が必要だ。そんな思想を突き詰めたいあなたに、森田貴宏からの背中を押す一言を紹介して終わろうと思う。
右へならえで、全部同じ真似して、真似して真似して、じゃなくっていいよ。ほんと勇気を出して、自分が好きなものを見つけてって欲しい。
ろびんトよし『インタビュー | プロスケーター 森田貴宏』より