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lo-fi hiphopと、無意味なコミュニティ

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Youtube上でムーブメント的に盛り上がり、今や一ジャンルとしてその地位を確立している「lo-fi hiphop」。Chill Outな音楽的側面が頻繁に取り沙汰されているが、このジャンルはオンライン上のいびつなコミュニティ無くしては存在することは出来なかった。コミュニティという側面からlo-fi hiphopをあぶり出してみる。

lo-fi hiphopとは

lo-fi hiphopというジャンルについて、今一度定義を述べる必要もなく、またさらにその定義は一層曖昧になっている。その成り立ちから振り返るのであればこちらの記事を参照して頂くのが良い。

または下の動画を見てもらうのが一番早いかもしれない。lo-fi hiphopというムーブメントの立役者でもあるYouTube上のチャンネル「Chilled Cow」である。

今やそれが「hiphop」であるかなどの言葉の意味に要旨はなく、「曇っていてリラックスしたムード」それ自体がlo-fi hiphopという名前を冠している。

このジャンルが注目を浴び始めたのは2018年。2018〜2019年には一気に知名度を拡大した。2020年には日本限定でlofi-hiphopのコンピレーション・アルバムが発売、プレイリストやレーベルの拡大など商業的な勢いも増しつつある。lo-fi hiphopのプレイリストが3000万回再生なんてことは珍しくないし、現在も前述のチャンネル「Chilled Cow」には毎日常に世界中から数万人の人が集まっている。

こうしたlo-fi hiphopが盛り上がっているよねという話は兼ねてから行われていて、なんならその話もされつくされてきた頃かもしれない。しかし、lo-fi hiphopブームが現象として注目を浴びていることの説明はたくさん世にあるが、それがどのように社会に受容されていたかに関するお話はない。

それは間違いなく社会のインフラとして機能していた時期があり(今もそうかもしれない)、YouTue上でのライブ配信を機に盛り上がったムーブメントであったことには大きな意味がある。

YouTubeのlo-fi hiphopチャンネルのライブ配信には今もなお人が集まり、動画を再生している間だけの一時的なコミュニティが生まれ、その集団は絶えず人を入れ替え流動し続けている。

VICEが見るlo-fi hiphopの裏側

lo-fi hiphopがどういった音楽であるのか、またYouTube上のlo-fi hiphopコミュニティがどういったものか。その一側面を半ば強引に炙り出したのが、VICEが行ったプロジェクト『LoFi Beats Suicide』である。以前我々はVICEに関する記事でこちらを取り上げたが、こちらはlo-fi hiphopが持つ一つの特性を明確に突いたものである。

lo-fi hiphopはそのアイコンとして勉強している少女(ex.『耳をすませば』の月島雫)や、ドライブをする男性などが用いられている。『LoFi Beats Suicide』は勉強している少女のループ映像を流しながらlo-fi hiphopをライブ配信をしているチャンネル「College music」の中でVICEが起こしたプロジェクトだ。

突如チャンネル内の音楽が止み、ループしていたはずの少女が勉強をやめて泣き出す。少女は突如机から刃物を取り出し、自殺を図る。彼女は自殺を踏みとどめ、画面は暗転。画面上には自殺を抑止するメッセージが流れる。

当たり前のように流れ続ける落ち着いた映像と音楽が静止し、画面上には刃物と少女の泣き声。いささか心臓には悪すぎる演出だが、これはlo-fi hiphopとそこに集まる人々の一つの側面を指し示してくれている。

孤独とlo-fi hiphopコミュニティ

前述の通り、lo-fi hiphopはそのリラックスムードかつ郷愁を感じさせる音楽、アニメを用いたアイコン、Youtube上でのライブストリーミングを組み合わせることで発展してきた。

中でも、機能的に特筆すべきなのがライブストリーミング内のチャット機能である。2021年を迎えた今もなお、登録者700万人を超えるチャンネル「Chilled Cow」では、「眠れない」「大丈夫」「バナナを食べたよ」「おやすみ」「疲れた」「おはよう」などといった、他愛もないが、時にほっこりするようなやり取りが世界中の言語で24時間絶えず行われている。

ChilledCowのモデレーターを務めるDrippy Joは以下のように語る。

Honestly, people find just about anything and everything to talk about there. I really feel like the people of the stream are like family, y’know?

みんなここで何でも話せること、話すことがあることを知る。私はストリーム上の人々を家族のように感じているよ。

『Inside YouTube’s calming ‘Lofi Hip Hop Radio to Relax/Study to’ community』DAZEDより抜粋

また現在Youtube上で100万人の登録者を超える、lo-fi hiphopを中心としたラジオ局「Neotic」を運営するSteven Gonzalezはこう話す。

I started to study audio-visual production and created a specific environment to get people to speak about things like love, drugs, video games, and movies by combining visual editing with music.

音声と動画に関する勉強を始めて、編集した映像と音楽を組み合わせることで、人々が愛やドラッグ、ゲーム、などについて自由に会話できるオリジナルの環境を作った。

『Inside YouTube’s calming ‘Lofi Hip Hop Radio to Relax/Study to’ community』DAZEDより抜粋

このSteven Gonzalezの発言で興味深いのは、チャンネルで用いる映像や音楽が、コミュニティを作るための副次的な要因であるという発言をしている点だ。チャンネルを訪れる人々は音楽と映像によってつながってはいるが、それだけではない一つの治療共同体(therapeutic community)として存在していた。そしてSteven Gonzalezはその共同体を作るために、最適な映像と音楽であるアニメ映像とlo-fi hiphopを選んだと。

lo-fi hiphop。それは音楽の持つ効能だけでなく、お互いの孤独を和らげあえるコミュニティによって支えられていたジャンルであった。それは一つのジャンル形態であるのと同時に、音楽のみでは語られない空間的価値も保有していた。

どうしてlo-fi hiphopコミュニティが形成されうるか

lo-fi hiphopはその音楽が持つ魅力のみでなく、彼らが集うコミュニティという空間的価値によって人々の孤独を和らげる。

一部の有名チャンネルやlo-fi hiphopアーティストは商業的にも成功を収め、彼らの中にはDiscordなどのコミュニティを作成したり、レーベル運営に乗り出したりする動きがあるが、そういった動きがlo-fi hiphopという音楽をさらに大きくすることは出来ても、彼らが維持してきたコミュニティまで連れていくことは出来ない。

元々は、彼らはジブリアニメ画像を勝手に使う匿名的な集団であり、そこは常に世界中の人が出入りをする流動的な空間だ。そして彼らが我々に目的を要求することはない。なぜならその場は、存在するだけで価値のある場所だからである。

“lo-fi”は「なんとなく」再生される。そして漠然と抱く不安を紛らわせてくれる。この音にはそういう力があるわけです。

「lo-fi Hip Hopチャンネルの自律した空間」 PEACEFULLIFEYOGA

目的に依存しないこと。目的に依存しない場所。こそが安らぎの場所である。または何かの反動として求められるリラックス、それ自体が目的としてみなしてOKとされる空間。仮にlo-fi hiphopがそうした空間を作るのに最適な音楽でしかなかったとしても、そこには大きな価値がある。

2021年の現在も数万人がlo-fiチャンネル上で無意味な会話をしていることは、この音楽と空間にとってとても大事なことだ。

無目的であること

2018年頃から、日本でも若者を中心に「チル」や「チルい」という言葉が使われ始め、そこから派生して「チル消費」などという言葉も生まれ始めている。そこにはもちろん、lo-fi hiphopがもたらすchill outな空気感の影響が存在しているが、日本で主に「チル」とは「のんびり、まったりする」や「リラックスする」という意味で使われている。

今回我々はここに「チル」が「無目的である」ということの重要性を示したい。ゆったりとした音楽とそこにフラフラと集う人たち。彼らに共通の目的はなく、その場所が存在していることに意味はない。

このコミュニティは、目的を持って何かを遂行することへのささやかな抵抗がある。もしくはそう言った世の中に対しての痛みと反動。「限りある時間を効率良く、生産的に過ごす必要はない。なんとなくそこにいられれば良い」と。

最後に「chill」の意味を記載して終えたい。

chill—冷え、身にしみる寒さ、悪寒

Weblio和英辞典・英和辞典より

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