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OFWGKTAが実現させた奇妙な未来

タイラー・ザ・クリエイターが率いていたヒップホップクルー、OFWGKTA(通称オッド・フューチャー)。今は解体しているこのクルーだが、ヒップホップ、音楽、いや世の中は彼らの登場以前と以降で決定的に分かれる。OFWGKTAとは何だったのかを知ることは時代の現在地を知るきっかけになるだろう。詳細かつ味のある紹介を、待ち望んだあなたのために。

目次

illustration by エノシマナオミ

OFWGKTA(Odd Future)とは

OFWGKTAのTumblrより

OFWGKTAとは、Odd Future Wolf Gang Kill Them Allの略称であり、Odd Future(オッド・フューチャー)と呼ばれるヒップホップクルーのことだ。リーダーのタイラー・ザ・クリエイター曰く「名前に意味はない」とのこと。2008年より活動を開始。2015年ごろから解散したのではないかという憶測が繰り広げられるようになり、現在はクルーが存在しているのかも不明である。

ヒップホップクルーという呼び方を用いたが、これは厳密には正しくない。彼らはラッパーの集まりではなく、ラッパー、プロデューサー、DJ、ミュージック・ビデオ・ディレクター、スケーター、シンガーの集まりで、それらを兼業している者も多い。クリエイターの集まりと言った方が正しいかもしれない。

OFWGKTAのメンバーたち

メンバーを掘り下げてみると、彼らがいかに雑多な集団であったかが分かる。

リーダーのTyler, The Creator(タイラー・ザ・クリエイター)は、今や世界で最も有名なラッパーの一人である。常に音楽界を騒がせてきた彼は、2019年のアルバム『IGOR』でビルボード全米1位を獲得、2020年にはグラミー賞の最優秀ラップ・アルバム賞を受賞した。

Frank Ocean(フランク・オーシャン)は2012年のアルバム『Channel Orange』でグラミー賞、ベスト・アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞他を受賞。2016年には未来永劫語り継がれるであろう伝説のアルバム『Blonde』を生み出した男だ。

メンバー内唯一の女性であるSyd the Kyd(シド・ザ・キッド)は同じくクルーのメンバーであるMatt Martians(マット・マーシャンズ)と共にトリップ・ホップ・バンド「The Internet」を結成しており独創的なブラック・ミュージックを作っている。

タイラー・ザ・クリエイターの弟でラッパーあるEarl Sweatshirts(アール・スウェットシャツ)はタイラーとは違った叙情的なラップが持ち味。2018年の『Some Rap Songs』はあらゆるメディアの高評価をかっさらった。

他にもHodgey Beats(ホジー・ビーツ)やMellowhype(メロウハイプ)、Domo Genesis(ドモ・ジェネシス)と言ったラッパーたちや自身で服のブランドも展開するDJのTaco(タコ)、2020年グラミー賞の授賞式、タイラーの隣でずっとスイッチでポケモンをやっていたJasper(ジャスパー)、まだ挙げればキリがない。

クルーという形をとりながら彼らが作る音楽は全く別の方向性であり、彼らが取り組んでいるプロジェクトも様々なものだ。そして、2010年代を経て彼らは音楽業界の先頭を走る錚々たる面子へと変貌していった。

昔から、hiphopクルーというものは数多く存在していた。1990年代のアメリカに遡ればN.W.AやWu-Tang Clanなどが代表例であろう。事実、初期のOFWGKTAはしばしばWu-Tang Clanと比較されていた。しかし、彼らはそれまで登場していたhiphopのクルーとは決定的に違う。

彼らがどのような歩みを経て、スターダムをのし上がって行ったのか、世界を変えて行ったのか。また、そもそも彼らが集団になっているのは何故なのか。OFWGKTAと、彼らが展開するブランドGOLF WANGのTumblrに掲載されている、彼らの日常の模様と共に振り返っていく。

GOLF WANGのTumblrより

OFWGKTAという感情の塊

彼らはメンバー内唯一の女性であるシドの家に集まり、彼女のホームスタジオで音楽を作成していた。リーダーのタイラーは攻撃的なラップとツイートを吐きまくり、自分が出演するミュージック・ビデオでゴキブリを食べて吐きまくるような男。ミステリアスなアールは突然行方不明になったと思えば米領サモアの軍事学校で発見され、どこか神々しさをまとって帰ってくる。

まるで中島らものヘルハウスのような集まりであり、彼らにまとまりという言葉はない。ただ彼らは独立したアーティストの集まりであり、個々人が創作活動を楽しんでいた。

2009年、カリフォルニア。当時無名だったタイラー・ザ・クリエイターはデビューミックステープ『Bastard』をひっさげて音楽業界に参入していく。そして、彼が率いていく形で彼のクルーであるOFWGKTAも注目を浴びていくようになる。

OFWGKTAのキャッチフレーズが以下だ。

Kill people, burn shit, fuck school

人を殺し、たわごとを燃やし、学校をファックしてください

「The New Wu-Tang Clan: Odd Future」by Rolling Stone 2011 より抜粋、拙訳
OFWGKTAのTumblrより

登場当初の彼らのイメージは、過激なメッセージと過激なビジュアルに集約される。歌われる歌詞は、同性愛嫌悪や女性嫌悪にレイプ、自殺、うつ病。彼らの登場当初は、誰しも彼らの存在に困惑していた。

あなたが絶対に会いたいとは思わない、最も好戦的で、精神病で、傷ついた、いたずら好きのティーンエイジャーを想像してください。

「Who the Hell are Odd Future?」by Esquire (2011) より抜粋、拙訳

しかし、彼らにはただ過激なことが好きなだけではないと思わせる何かが存在し、それがまた彼らへの注目度を高めていった。OFWGKTA登場以前のhiphopは、自己証明や強い成り上がりマインド、ストリートのリアルが曲のメインに据えられることが多かったが、彼らはリアリティを感じないくらい過激な同性愛嫌悪やレイプ、宗教批判の歌詞、全てを馬鹿にしているかのような態度と、度々訪れる虚無感による自殺願望とうつの症状。高級ブランドや高級車が歌詞に登場することはほとんどない。彼らはただ馬鹿騒ぎをしているわけではないことが節々から伝わってきていた。そんな彼らを象徴するような歌詞を紹介する。

too black for the white kids, and too white for the blacks

白人の子供にしては黒すぎ、黒人の子供にしては白すぎる。

『Chum』by Earl Sweatshirt より抜粋、拙訳

彼らはそれまでに存在するもの全てと違うことを訴え、それまでに存在している全てのものを攻撃した。彼らは「目に見えるもの全てがマジでファック」という感情の塊であり、攻撃することそれ自体に意味を持っていた。同性愛嫌悪や女性嫌悪を仕切りにラップするタイラーも、彼は歌詞の内容がメタファーにすぎないことをしきりに説明している。彼らが攻撃する対象に意味はなく、ただそれ自体が「解放への叫び」だった。

OFWGKTAは、「自分たち以外の全てがファックだ」という感情の集合体だった。自分たちが絶対に正しいと思っているが、社会からはそう見られない部分を共有し守っていた。そして彼らは自ら居場所を作り、自分たちの存在を証明していった。

そしてここから、OFWGKTAの快進撃が始まる。

OFWGKTAのTumblrより

OFWGKTAが世界に仕掛ける奇襲

クランシー夫婦の加入

OFWGKTAはそのままにしておいたら、彼らの必死の主張もただのガキのたわごととして放置されていたかもしれない。彼らのプロジェクトを、世界に仕掛ける奇襲攻撃へと仕立てたのが、OFWGKTAのマネージャーである、Cristian Clancy(以下クランシー)と彼のビジネスパートナーで妻のKelly Clancyである。多岐に渡るメンバーの活動の処理とプロジェクトの進行を担ったのが彼らだ。

クランシーはもともと、大手レコード会社に勤めており、EminemやThe Gameといったラッパーたちのマーケティングを行っていた。上記のラッパーたちは大成功を収めクランシーは商業的な安定を手にするが、彼はそれまでのレコード会社での生活を振り返り次のように述べる。

同じ経営者が同じアーティストとサインし、同じプロデューサーと同じライターが入り、同じスタイリストが同じナイキとのコネクションによって同じエアフォースワンを同じ女の子に履かせて、同じ監督が同じ子を使った同じビデオを撮る。(中略)掃除機を売っているのかと思った。

「The Strange But True Story of How the Hip-Hop Collective Odd Future Hit the Big Time」Los Angels Magazine 2014 より抜粋、拙訳

疲弊したクランシーは会社でフルタイムで働くのを辞め、会社のコンサルティングを続けながら「ヒマラヤ山脈をハイキングし、ヨガをして、自分の中のファックな気持ちを落ち着かせようとしていた」。そんな彼が一本のビデオと出会うことになる。

‘not giving a fuck’ 構わない)という要素は私にとってとても魅力的だった。それはネガティブな感覚ではなく、自己実現的なポジティブな方法だった。人々の考えから解放されることは、そこからは信じられない場所が生まれることを意味する。

The Strange But True Story of How the Hip-Hop Collective Odd Future Hit the Big Time」Los Angels Magazine 2014 より抜粋、拙訳

とクランシーは語る。そしてOFWGKTAとクランシー夫妻は共鳴し、旗をあげた。クルーの全てのハブとなるレーベルを構築し、奇襲を仕掛ける基地が完成した。奔放なクルーのメンバーの私生活の面倒まで見る彼ら夫妻はマネージャーであり、親であり、友人であった。彼の加入によって、OFWGKTAの勢いは止められないものになる。

クランシー夫婦の娘のクロエちゃん。GOLF WANGのTumblr より

Tumblrが破壊した市場

OFWGKTAの奇襲はパソコン一台で始まった。ビートは寝室で作られ、音源はTumblrで無料で配信され、Twitterで宣伝される。多くのベッドルームポップアーティストがタイラーの影響を口にするのはここに所以があるかもしれない。

過激な発言と行動から腫れ物扱いを受けていた彼らは、だったら自分でやれば良いと言わんばかりに、音源の発表、スケートボード映像、イラスト、彼らの日常の写真、ファンとの交流、全てを自身のTumblrページで展開した。ここで引用している写真も、全て彼らのTumblrページにあるものだ。OFWGKTAが支持を獲得していく中心には 常にTumblrがあった。

彼らのTumblrには、OFWGKTAのメンバーだけでなく、彼らと関わりの深い人物も登場する。Supreme, Fucking Awesome, adidas skateboardingのライダーとして活躍するNa-kel Smith(ナケル・スミス)もその一人だ。

OFWGKTAは、彼ら自身だけでなく彼らの好きな人や、関わりの深い人も活動に巻き込むことで、その世界を拡大していった。

Na-kel Smith, GOLF WANGのTumblrより

2020年こそ違和感があるかもしれないが、本来アーティストの存在とは謎めいたものだった。特にヒップホップにおいては彼らの私生活が闇に包まれているからこそ、彼らが歌うストリートのリアルに価値があったのだ。それらを嘲笑うかのように、OFWGKTAは彼らの日常をTumblrで共有し続けた。

ステレオタイプなものに対する彼らの容赦ない拒絶は、よりオープンマインドな観客と当時の環境にハマっていないアーティストに舞台を与えた。Odd Futureは観客とブランドの築き方、ビジネスのやり方のルールを変えた。

「How Odd Future’s Tumblr tore up the rules of music marketing」THE FACE 2019より抜粋、拙訳

TumblrのフォロワーたちはOFWGKTAの存在を家族のように感じ、彼らの成功はフォロワーたちを彼らと同じ旅へ連れ出した。2010年台後半からこうした行為は普通になっていくが、彼らの話はInstagramやSnapchatが登場する何年も前の話である。彼らが始まりだった。そしてこれは「今あるもの全てをファックする」という彼らの主張が形を持ち始めた末に生まれた方法だった。

現在、アーティストが音楽を無料で配信することや、アーティストが自身の日常を露出することはSoundCloudやinstagramといったプラットフォームの登場によって至極当たり前のことになった。彼らは、そうしたプラットフォームがない中でTumblrで音源を配信し日常を共有していた。そして、そうした行為自体が当時の時代においてカウンターだったことを我々は知る必要がある。

OFWGKTA帝国の拡大

こうなったら誰も止められない。OFWGKTAの人気の上昇と共に、Tumblrから始まった彼らの帝国も拡大していくようになる。

OFWGKTAのTumblrより

全米で人気を博したコメディショー『jackass』(スパイク・ジョーンズもその一員である)を手掛けた制作会社のもと作られた、OFWGKTAオリジナルコメディー番組『Loiter squad』。タイラーが監督を務めるオリジナルアニメーション『The Jellies』。これらはカートゥーン・ネットワーク内のアダルトスイムで放送された。さらにはコマーシャルのないオンラインラジオ局から、ファッションブランド「GOLF WANG」の展開まで。Tumblrを飛び越え、文字通り彼らの帝国が世界へ侵攻していった。

2015年に発表されたアプリ「GOLF MEDIA」。上記のアニメシリーズとラジオに加えて、さらにはスポーツから映画、スケートボード、ライブストリーミングまで、彼らの帝国の一つの結晶となるのが「GOLF MEDIA」だ。以下の動画を見て頂ければ、彼らがいかに多様な引き出しを持ち、披露していたのかが分かる。

最後に

ヒップホップは当初、現状を拒否するために生まれたが、気づけば商業主義の台頭に順応し道を譲ることになった。オッド・フューチャーはカウンターカルチャーを主流に変え、コストに関係なく市場をひっくり返すという伝統を思い出させてくれた。(中略)彼らは私たちに、適合しない部分が文化を前進させることを教えてくれる。

「Found Family: How Odd Future Changed Everything」Pitchfork より抜粋、拙訳

OFWGKTAの帝国の拡大は、疎まれていたはずの彼らが社会に受け入れられるようになることを意味する。OFWGKTAという感情の連帯は成功を収めるが、今度は「それ自体がファックだ」と言わんばかりにクルーは空中分解を始めていくことになる。

OFWGKTAの登場から10年近くが経つが、彼らの遺した遺産は大きすぎる。全てを殺す為だけに集まった一匹狼たちは奇妙な未来を実現させた。文字通りOdd Future Wolf Gang Kill Them Allであろう。

そして我々は、今当たり前になっていることが、「目に見える全てがファックだ」と思っている連中から生まれたことを忘れてはいけない。

最後に、OFWGKTAのTumblerで一番最初に投稿されているコメントで締める。

They Are Them. We Are Us. Kill Them All. OFWGKTA

よそはよそ。うちはうち。よそは殺す。OFWGKTA

OFWGKTAのTumbler より拙訳
GOLF WANGのTumblerより

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